東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)92号 判決 1987年4月01日
原告 森口究
被告 東京都立大山高等学校長
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告が昭和六一年三月二五日にした進級拒否処分は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求)
1 被告が昭和六一年三月二五日にした進級拒否処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和六〇年四月九日に東京都立大山高等学校(以下「大山高校」という。)の全日制課程に入学した者である。
2 被告は、昭和六一年三月二五日、原告を同校の第一学年に留置きとする旨の処分(請求の趣旨において進級拒否処分としたもの。以下「本件処分」という。)をした。
3 本件処分の違法性
本件処分には、以下に述べるとおり、瑕疵があり、その瑕疵は重大かつ明白である。
(一) 原告は、大山高校における第一学年において履修を必要とする所定各教科・科目の単位をすべて修得し、それらにつき単位認定を得ているものであるが、本件処分はこれを誤認した瑕疵がある。
(二) 被告は、原告の数学及び英語について、五段階法による評定が1であつたから、その単位を不認定とした旨主張するが、原告の数学及び英語の成績は、次に述べるように良好であつて、評定1に相当するものではなく、その単位を不認定とされるべき事由はない。すなわち、被告が第三者に委託した実力テストにおける原告の成績は、全国一〇段階学力段階において数学が4、英語が3であり、校内序列において数学が四三三名中二七九位、英語が四三三名中三三七位であつた。したがつて、本件処分には、その前提に違法な単位の不認定の瑕疵がある。
(三) 被告は、大山高校の定時制課程を偏重する余り、原告を同校の定時制課程に編入させようと意図し、昭和六〇年九月から原告に対し執ように定時制課程への編入を勧告してきたところ、原告がこれを拒否したため、被告は、その報復として本件処分をしたものである。したがつて、本件処分には、その動機、意図に瑕疵がある。
(四) 被告は、昭和六一年三月二五日に成績会議を開催したうえで、本件処分を決定したと主張するが、右の成績会議は開催されていない。したがつて、本件処分は、その手続に瑕疵がある。
(五) 本件処分は、通知表の交付をもつて原告に通知されたが、右の通知表は公印及び作成者の記名捺印を欠くものであつた。したがつて、本件処分は、その手続に瑕疵がある。
(六) 本件処分は、適正手続を欠く瑕疵がある。
(七) 本件処分の前提となる成績評価方法とその表示方法は、原告の人間的発達及び学習権を奪うものであるから、本件処分には、裁量権の行使の濫用又は逸脱の瑕疵がある。
4 本件処分は、原告の第二学年への進級を積極的に拒否した行政処分であり、単に授業科目の単位認定を拒否したに過ぎない場合とは異なり司法審査の対象となることは明らかである。
5 よつて、原告は、主位的請求として本件処分の無効の確認を求め、予備的請求として、本件処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
原告は、本件処分の無効ないし取消しを求めているが、その実質は、単位の不認定の無効ないし取消しを求めるものと解される。しかし、高等学校において、単位を認定するかどうかは、高等学校学習指導要領に基づき、学校が編成する各教科・科目ごとの教育課程を修得した者に行う教育上措置であつて、純然たる学校内部の問題として自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであるから、司法審査の対象にはならないものと解すべきである。したがつて、本件処分の無効ないし取消しを求める訴えは、司法審査の対象性を欠き不適法である。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3(一)の事実は否認する。原告は、その第一学年において履修すべき数学Iの五単位及び英語Iの五単位について、いずれも単位を修得したことの認定がされなかつたものであり、その詳細は、後記四の被告の主張において述べるとおりである。
3(一) 同3(二)のうち、第一文の事実は否認し、第二文の事実は認め、第三文の主張は争う。
(二) 被告が実施した実力テストは、中程度のテストであつて進学者用のものであるが、大山高校においては、推定進学者はその四分の一程度にすぎず、右テストは同校生にとつてやや難しすぎるものである。しかし他に適切なテスト方法がないため、やむを得ず、進路指導の目的で採用しているものであつて、これを成績に加味することは、得点が低くなり過ぎることや、授業進度との間に相当のずれがあることなどにより、不適当である。なお、原告の実力テストの結果も、これを五段階で評価すれば、殆ど最下位に位置づけられるものである。
4 同3(三)及び(四)の事実は否認する。
5 同3(五)の主張は争う。通知表に公印及び作成者の記名捺印を要する旨の定めはない。また、原告の通知表は、第一、二学期末に学級担任から原告に交付されており、その作成者が不明であるということはない。
6 同3(六)及び(七)の主張は争う。
四 被告の主張
1 文部省が定めた「高等学校学習指導要領」(昭和五三年文部省告示一六三号)によると、高等学校における「単位の修得及び卒業の認定」につき、学校は、生徒が学校の定める指導計画に従つて各教科・科目を履修し、その成果が教科・科目の目標からみて満足できると認められる場合には、その各教科・科目について履修した単位を修得したことの認定(単位認定)をしなければならないと規定している。
そして、東京都教育委員会が定めた東京都公立高等学校の「生徒指導要録の様式及び取扱い」によると、各学年の「評定」を各教科・科目の学習についてそれぞれ5から1までの五段階で表示し、学校が地域や生徒の実態に即して設定した各教科・科目の目標や内容に照らし、その達成が著しく不十分なものを1と評定することとし、そして評定が1のときは、単位認定をしない取扱いとしている。
更に、大山高等学校で定めた「教科に関する内規」によると、単位認定については、教科会を経て、成績会議で判定し、学校長がこれを行うこととし、右五段階法による評定が1の場合に単位不認定(単位認定をしないこと。以下同じ。)とすることにしている。もつとも、右評定1の科目が二科目以内の者については、補講又は追試その他の適切な処置を講じ、その成果が認められる場合は、年度内に限り追認の形で単位認定をする措置を講ずることができることとしている。そして、以上の結果なお単位不認定の科目のある者については、原級留置処分(従前の学年に留置きとする処分)をすることにしている。
2 原告は、その第一学年において履修すべき数学IのAとBの合計五単位及び英語IのR(リーダー)とG(文法)の合計五単位について、いずれもその評定が1であつたところ、各科目の教科会及び全教員をもつて構成される成績会議において、右評定を確認するとともに、原告に対しては右二科目ともに追試験を行うことが決定された。しかし、原告は、右追試験の結果によつても、いずれの科目についてもその成果が認められなかつたので、各科目の教科会を経た後、昭和六一年三月二五日に開催された成績会議において、原告に対して右二科目について、いずれもその単位認定をしないことに決定した。
そこで、被告は、右結論を是として右二科目についての単位を認定せず、本件処分をし、同日その通知をしたものである。
第三証拠<省略>
理由
一 被告の本案前の主張について
本件処分は、原告を大山高校の第一学年に留め置くものであるから、これにより、原告は、第二学年において学習することができなくなるとともに、その卒業年次が一年遅れるものであり、また、原告ないしその親権者らは一年間分の余計な教育費の支出をしなければならなくなるものであつて、明らかに不利益を伴い、右の不利益は、単に学校内部の問題として処理すべき事項とはいい難く、一般市民法秩序と直接に関係を有するものというべきである。したがつて、本件処分の適否は、司法審査の対象になるものと解するのが相当である。
そして、本件の単位不認定の適否も、後に二2で判示するとおり、右の単位不認定が存在することが、そのまま本件処分に直接に結びつくこととなつているものであるから、司法審査の対象になるものと解するのが相当である。
したがつて、被告の本案前の主張は、採用することができない。
二 そこで、本案について判断する。
1 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二、第三号証によれば、被告の主張1の事実が認められ、また、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八ないし第一一号証、第一五、一六号証の各一、第一七号証、第一八号証の一、第二一号証によれば、被告の主張2の事実が認められる。
なお、成立に争いのない甲第三号証によれば、原告に対する通知表の数学I及び英語Iの修得単位の欄には、いずれも各五単位と記載されていることが認められ、いかにも右各教科につき単位認定がされているかのごとくみえないではないが、他方弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一九号証の一及び弁論の全趣旨によれば、右記載は、原告のホームルーム担任の教諭菅沢茂が、予めすべての教科の単位が修得されるものであることを前提にクラス全員の通知表に修得単位数を記載していたところ、その後最終的に訂正することを忘れたものに過ぎないことが認められるのであるから、右通知表の記載をもつて原告が右各教科につき単位認定を得たことを認めることはできない。
3(一) 原告は、まず、原告は、大山高校における第一学年において履修を必要とする所定各教科・科目の単位をすべて修得しているから、本件処分に瑕疵がある旨主張するが(請求原因3(一)、右2で認定のとおり、原告は、その第一学年において履修すべき数学Iと英語Iの各五単位について、いずれもその評定が1とされ、その単位認定を得ていないことが認められるのであるから、原告の右主張は理由がないことが明らかである。
(二) 原告は、原告の数学及び英語の実際の成績は、いずれも評定1に相当するようなものでなく、したがつて、右各科目についての単位不認定が違法である旨主張するので(請求原因3(二))、これについて判断する。
単位認定をするかしないかは、教育上の措置であつて、それにつき教育的、専門的な見地から、被告に幅広い裁量権が与えられているものと解すべきであるが、もとよりその恣意を許すものではなく、その裁量権の行使が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くなど、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合には違法となるものというべきである。 そこで、更にこの点について検討するに、前掲乙第一五、一六号証の各一、第一七号証、第一八号証の一によれば、原告の第一学年における試験の成績(テスト得点)、各学期の評定等及び同試験の受験者の最高点、最低点及び平均点は、数学IのAが別表(一)、数学IのBが別表(二)、英語IのRが別表(三)、英語IのGが別表(四)のとおりであつたこと、そして、原告の右の成績に所定の補正、調整をしたうえ、数学I及び英語Iについて学年を通じての評定をしたところ、これがいずれも1となつたことが認められ、原告の右の成績及び前記2の事実に照らせば、原告につき、数学I及び英語Iの評定を1とし、それに基づき、その単位を不認定としたことにつき、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたと認めることは困難である。
なお、原告は、被告が第三者に委託して実施した実力テストにおける原告の右各科目の成績が良好であつたことを根拠に原告に対する右評定は誤つている旨主張するところ、原告が請求原因3(二)で主張する右実力テストの結果については当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第四号証、乙第一四号証によれば、原告の右実力テストにおける数学及び英語の各得点は、一〇〇点満点で一二点及び九点という極めて低いものであり、その評価としては右各科目とも基礎的学力に欠けるものであつたことが認められる。したがつて、右実力テストにおける原告の成績は、相対的評価だけでみればともかく、客観的、絶対的にみた場合、満足できるものというには程遠く、これをもつて、原告につき、数学I及び英語Iの評定を1とし、その単位を不認定としたことを誤りであるとする根拠とはなし難い。
そして、他に、原告につき、数学I及び英語Iの評定を1とし、その単位を不認定としたことに裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告の右主張は理由がない。
(三) 原告は、被告が大山高校の定時制課程を偏重する余り、原告を定時制課程に編入させようと意図していたが、原告がこれを拒否したところ、本件処分はその報復としてされたものである旨主張するが、本件全証拠によるも、右事実を認めるに足りない。したがつて、原告の右主張は理由がない。
(四) 原告は、昭和六一年三月二五日の成績会議が開催されていないことを前提として本件処分に瑕疵があると主張するが、前記2で認定のとおり右成績会議は開催されたことが認められるのであるから、原告の右主張はその前提を欠き理由がない。
(五) 原告は、公印及び作成者の記名捺印を欠く原告に対する通知表の交付をもつて本件処分が通知された旨主張するが、本件処分は通知表の交付によつて通知しなければならないものとは解し難く、また、通知表に公印及び作成者の記名捺印を要するべき法的根拠も見当たらないのであるから、原告の右主張はその前提を欠き理由がない(なお、前掲乙第一九号証の一によれば、本件処分は、原告のホームルーム担任菅沢茂によつて昭和六一年三月二五日原告の親権者母森口恭子に電話で適式に告知されていることが認められる。)。
(六) 原告は、本件処分をするについて適正手続を欠いている旨主張するが、本件処分につき、原告に対し告知、聴聞の機会を与えるなど一定の手続を経由すべき旨を定めた法規はなく、また、原告に右の機会を与えるなどの必要があるものとも解し難い。そして、他に本件処分に適正手続を欠いている点を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張も理由がない。
(七) 原告は、本件処分の前提となる成績評価方法とその表示方法が原告の人間的発達及び学習権を奪うものであり、そこに裁量権の範囲をこえ又はその濫用があると主張するが、本件全証拠によるも、原告に対する成績の評価方法と表示方法に裁量権の範囲をこえ又はその濫用があることを認めることはできず、また、これらが原告の人間的発達及び学習権を奪つているものと評価することができない。したがつて、原告の右主張は理由がない。
4 以上のとおり、本件処分に原告の主張する違法な点は認められず、右2で認定した事実に基づけば、本件処分は適法であると解される。
三 よつて、原告の本訴請求は、主位的請求はもとより予備的請求も理由がないから、これをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木康之 塚本伊平 加藤就一)
別表(一)
数IA
テスト得点
平均点
最高点
最低点
欠課時数
10段階評定
1学期
中間 28
52.5
89
6
1
2
期末 4
41.8
97
4
2学期
宿題テスト 15
30.0
50
6
2
1
中間 8
44.7
82
8
期末 0
34.4
86
0
3学期
宿題テスト 17
58.5
96
7
2
3
期末 39
39.9
84
2
別表(二)
数IB
テスト得点
平均点
最高点
最低点
欠課時数
10段階評定
1学期
中間 20
44.3
85
0
1
1
期末 8
31.9
81
0
2学期
小テスト 30
37.3
90
0
1
3
小テスト 0
46.0
100
0
中間 58
62.7
100
8
期末 5
40.5
94
0
3学期
期末 8
45.4
96
0
1
1
別表(三)
英IR
テスト得点
最高点
最低点
学年平均点
換算平均点
欠課時数
10段階評定
1学期
中間 60
94
21
50.7
56
1
3
期末 19
87
12
2学期
宿題テスト 19
78
8
46.8
56
1
2
中間 0
91
0
期末 38
87
4
3学期
宿題テスト 11
94
3
42.3
50
2
2
期末 40
92
8
別表(四)
英IG-C
テスト得点
最高点
最低点
学年平均点
換算平均点
欠課時数
10段階評定
1学期
中間 48
87
32
45.4
56
0
2
期末 6
62
6
2学期
中間 41
83
16
43.5
56
1
3
期末 33
63
19
3学期
期末 22
75
22
45.8
47
4
2